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大阪地方裁判所 昭和47年(レ)27号 判決

控訴人 阪ノ下英夫

右訴訟代理人弁護士 小長谷国男

被控訴人 右本アヤ子

右訴訟代理人弁護士 右本益一

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  被控訴人の請求の原因

1  控訴人は、大阪市東淀川区小松南通二丁目二〇番地の土地の西端の一部一一八・八平方メートル(三六坪。以下「本件二〇番地の土地」という)を賃借して、右土地上に建物を所有し、被控訴人は、右土地の西隣地である同所二一番地の八の土地(以下「本件二一番地の八の土地」という)を所有して、右土地上に建物を所有している。

2  ところで、被控訴人所有建物は、もと平家建六軒長屋の東端の一戸であったが、被控訴人の家族が病弱でその健康保持のためどうしても日光の恩恵を享受する必要に迫られ、昭和三六年一〇月頃これを二階建に増築した。そして、被控訴人所有建物は南北に細長いので、二階増築部分中、南面する室は別として、他の室にはいずれも東側に窓を作り、午前中だけでも日照・通風・採光を享受できるように設計した。

3  ところで、当時、被控訴人所有建物の東側に存在した控訴人の旧建物(平屋建)は、既に著しく建ぺい率を超えており、かつ民法第二三四条の境界線付近での建築の距離保持規定にも違反していたのであるが、被控訴人所有建物の二階完成後、控訴人も被控訴人をまねた二階増築を計画していることが分ったので、被控訴人は、かくては自己所有建物の二階は南面する一室を除いて全て日照・通風・採光・眺望等を失うことになるので、控訴人に対して、控訴人の増築計画の違法性およびこれにより被控訴人の蒙る損害を詳細に説明して警告し、更に、念のため、昭和三六年一二月一八日付内容証明郵便をもって、控訴人の増築計画を廃止または変更するように申し入れた。しかるに、控訴人は、昭和三七年一一月初旬頃、その所有する旧建物の外側に基礎を作り、これに四寸角の通し柱を建てて建物の増築工事に着手し、被控訴人の厳重抗議にもかかわらず、これを無視して遂に違法建築を強行してしまった。

4  この控訴人所有建物の築造は、民法第二三四条の距離保持規定に違反するものである。

(一) 即ち、本件二〇番地の土地と本件二一番地の八の土地との境界線は、訴外鍜治某所有の量水器と止水栓を結ぶ直線(別紙図面(一)記載のAB線)であり、控訴人所有建物は境界線から五〇センチメートルの距離をおかず、境界線に接着(一部は越境)して建築されたものであるから、民法第二三四条に違反する。

(二) 仮に、右AB線が境界線であることが認められない場合に、右境界線を、控訴人所有建物と被控訴人所有建物の間の通路(巾員約六〇センチメートル)の中央と仮定しても、控訴人所有建物は境界線から五〇センチメートルの距離を、おかずに建築されたものであり、いずれにしても民法第二三四条に違反する。

5  また、控訴人所有建物は、昭和四五年法律第一〇九号による改正前の建築基準法(以下「旧建築基準法」という)第六条・第五五条に違反する。即ち、控訴人所有建物の敷地(本件二〇番地の土地)は、増築(昭和三七年)当時(都市計画法上の)工業地域内にあって、面積が一一八・八平方メートル(三六坪)に過ぎないから、旧建築基準法第五五条により、建物の建築面積は五三・二八平方メートル({118.8-30}×0.6=53.28)を超えてはならないところであるが、増築前の旧建物の母屋だけでも五四・二一九平方メートル(一六・四三坪)であって、更に、裏にも部屋を建て増していたので、増築前の時点で既に大巾に建ぺい率を超過していた。それにもかかわらず、控訴人は、大阪市建築局建築課に対して、あたかも小規模の家屋の小規模の改築のように偽装して虚偽の申請をなし、一部建築確認を受けているが、右は虚偽申請によるものであるから、無効である。このように、控訴人所有建物の増築部分は建築確認を受けておらず、かつ建ぺい率を大巾に超過していたので、控訴人は、昭和三八年五月一四日、大阪市建築局建築課長より、控訴人所有建物は旧建築基準法第六条・第五五条の規定に適合しないとの理由で、違反建築物措置勧告書の送達を受けたにもかかわらず、現在に至るまで右勧告を無視し、何らの是正措置もとることなく、更に違反を重ねて、現在では裏いっぱいに増築部分を拡大している。

6  被控訴人は、控訴人所有建物の違法な増築工事によって、自己所有建物の日照および採光・通風および眺望・通行を妨害されて、損害を蒙った。即ち、被控訴人所有建物は、南北に細長く、二階は南から六畳和室・四畳半和室・約五畳洋室と、順次、三室が南北に並んでいて、南面しない二室については、日照・採光・通風・眺望を享受するため必要な窓を東側に作ったが、控訴人所有建物の増築により、以下述べるように、東側の窓は妨害されてその効用を失うに至り、従前その窓より享受していた日照・採光・通風・眺望等を侵害され、そのうえ、家の表と裏との唯一の通路の通行を甚しく妨害されるに至った。

(一) 日照および採光の妨害

被控訴人所有建物の二階部分の南面しない二室の採光は、夏期以外は室と室との間の襖を閉めるので、室内は薄暗がりの程度となり、中央の室については殊に甚しく、襖を閉めると正に暗黒そのものである。況んや日照については終日ゼロ、一日中寸時も日光の当る時がない。勿論、室を使用するには、いかに天気の良い昼間でも年中点燈を必要とし、不便・不経済・健康にも有害なることこのうえない。

(二) 通風および眺望の妨害

東側の窓から遠方を見渡すことができ、また通風もよかったのに、控訴人所有建物の増築により、眺望は完全にゼロとなり、通風も大いに妨げられ、殊に中央の室は殆んどゼロとなってしまった。

(三) 通行の妨害

被控訴人所有建物は、六軒長屋の東端の一戸であるから、控訴人所有建物と被控訴人所有建物との間の通路が家の表と裏との交通上必要不可欠の唯一の通路であるが、控訴人所有建物の増築によってこの通路が狭くなり、そのため、人一人が物を手に提げあるいは肩にして通行するためには蟹のように身体を横向きにして進まなければならず、横向きの除行以外に歩くこともできなくなってしまった。従って、常時家の表と裏との交通に甚しく不便を生じたのみならず、火災・地震等の非常には著しく危険を増大し、避難も救援もともに支障と困難を生じ、ために不測の事態の発生も憂慮されるのである。

7  このように、控訴人の違法な建物の増築により、被控訴人は、家屋そのものの使用価値低下による直接的損害のみならず、被控訴人ら家族の健康上・精神上の損害を蒙ったので、この財産的損害と精神的損害を一本にして慰藉料として請求し、昭和三八年一月一日より昭和四〇年一二月三一日までに既に発生した損害のうち金一〇万円と、昭和四一年一月一日より昭和四五年一二月三一日までに既に発生した損害のうち金二〇万円との合計金三〇万円と、これに対する昭和四六年一月一日より完済に至るまで年五分の割合による遅延利息の支払を求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否・主張および抗弁

1  請求原因1記載の事実は認める。

2  同2記載の事実中、被控訴人は、昭和三六年一〇月頃もと平家建であった自己所有建物を二階建に増築したが、右建物は南北に細長いので、二階増築部分中、南面する室は別として他の室にはいずれも東側に窓を作ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3記載の事実中、被控訴人が、控訴人に対して、昭和三六年一二月一八日付内容証明郵便をもって、控訴人所有建物の増築計画の廃止または変更を申し入れたこと、控訴人は、昭和三七年一一月初旬頃、その所有する旧建物の外側に基礎を作り、これに四寸角の通し柱を建てて建物の増築工事に着手したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4記載の事実は否認する。本件二〇番地の土地と本件二一番地の八の土地の境界線が別紙図面(一)記載のAB線であるという被控訴人の主張は、別訴(第一審大阪簡裁昭和三七年(ハ)第一二七三号建物収去土地明渡請求事件、控訴審大阪地裁昭和四〇年(レ)第一〇〇号、上告審大阪高裁昭和四一年(ツ)第七二号)においても被控訴人が主張していたところであるが、右主張は終始一貫して裁判所において排斥され、右事件は既に昭和四三年三月二〇日頃確定している。本件二〇番地の土地と本件二一番地の八の土地との境界線は、被控訴人所有家屋東側外壁の側面(別紙図面(一)記載のCD線)である。

5  同5記載の事実中、控訴人所有建物の敷地(本件二〇番地の土地)は、増築(昭和三七年)当時都市計画法上の工業地域内にあって、面積が一一八・八平方メートル(三六坪)に過ぎず、右建物の増築によって旧建築基準法第五五条が規定する建ぺい率を超過していたこと、控訴人は、昭和三八年五月一四日、大阪市建築局建築課長より、控訴人所有建物は旧建築基準法第六条・第五五条の規定に適合しないとの理由で、違反建築物措置勧告書の送達を受けたが、現在に至るまで是正措置をとっていないことは認めるが、その余の事実は否認する。

そもそも、建築基準法なるものは、都市における宅地の利用を行政的に規制する取締法規であって、これは、一方では建てられる建物自体の衛生および安全の確保に努め、他方では全体としての都市計画的見地から建築関係を規制しながらも、その間にあって隣接する建物所有者ないし利用者相互間の相隣関係にふれることが少なく、旧建築基準法第五五条は、直接には建物建築に伴って生じる相隣者間の日照通風に関する利害を調整し隣家の日照通風を保護することを目的とした規定ではないのであり、従って、建築基準法に違反した建築であったことから、直ちに日照通風妨害による不法行為責任を認めるに足る十分な違法性を具備するものということはできないのである。

仮に、建築基準法が日照通風に間接的にかかわりあいをもっているとしても、建築基準法違反の程度が、工事施行停止命令や違反建築物の除去命令が発せられるなど、甚しく社会的妥当性を欠いていると評価されるべき程度のものでなければならない。ところが、控訴人が違反建築物措置勧告書にある建築確認を受けていない部分とは、仮設部分で増築工事の本体となすべきものでなく、空地の不足とは、本件の場合僅少で大阪市内宅地不足の現況下においてはこの程度のことは枚挙に暇なく、共に社会的妥当性を欠くというべきものではない。殊に、この勧告書とても、被控訴人の大阪市建築局に対する執拗なる催促によりやむなく発せられた経緯、その度一〇年間に亘り大阪市建築局より何らの勧告も命令もなきことよりみて、勧告内容が当時としても極めて形式的かつ軽微な違反であったことが充分に推知できる。また、被控訴人の主張する通風、採光の妨害と建築基準法違反とは、何ら因果関係がないのである。

なお、たとえ、軽微なりとはいえ、控訴人の建築基準法違反の本件建物増築工事によって、被控訴人所有建物の二階部分の二室に通風採光上の阻害を与えたとしても、被控訴人自身その所有建物の増築工事によって建ぺい率に違反し、その後の建築基準法の改正によって建ぺい率が緩和されるに至ってもなおその違法性が治癒されないのに対して、控訴人所有建物については、建ぺい率の緩和により建ぺい率の範囲内に治癒されたのであり、被控訴人自身建ぺい率違反の増築工事を行ないながら、控訴人に対して建ぺい率に違反しているといって非難するのは、凡そクリーンハンドの原則に著しく反する。即ち、不動産登記簿上、被控訴人所有建物の一階床面積は四二・八〇平方メートル(一二・九五坪)であり、同敷地は六八・四二平方メートル(二〇・七坪)である。被控訴人が本件二階を増築した当時(昭和三六年一〇月頃)の旧建築基準法第五五条第一項によれば、被控訴人は右敷地上に二三・〇五平方メートル〔(六八・四二-三〇)×〇・六〕以上の床面積を有する建物を建築することができなかったが、当時、既に、増築前の旧建物の床面積は四二・八〇平方メートルであったので、もはや二階増築は建ぺい率違反であった。その後、昭和四五年法律第一〇九号による改正後の建築基準法(以下「新建築基準法」という)第五三条により、建ぺい率が緩和されたが、なお制限床面積は四一・〇五平方メートルとなり、その違法性は治癒されていない。これに反して、控訴人所有建物については、増築後の床面積は六二・二八平方メートルで、その敷地は一一九平方メートルであるから、新建築基準法所定の建ぺい率制限範囲の七一・四〇平方メートルの制限内におさまり、違法ではない。

なお、被控訴人は、被控訴人所有建物も建築基準法に違反する旨の控訴人の主張が、時機に遅れた攻撃防禦方法であると反論する。けれども、控訴人は、既に、原審における昭和四五年五月一〇日付準備書面中においてもこのことを触れているうえ、控訴人の右主張が訴訟の完結を遅延せしめるものと認められないこと明白であるから、被控訴人の右反論は失当である。

6  同6記載の事実は否認する。

被控訴人所有建物は、東西に通ずる幅員一一メートルの市道に面した南向の建物で、市道と建物の間には約三メートル強幅の前庭があり、現在、日当り通風ともに良好(二階は南に遮るものなく特に良好)であって、控訴人の本件二階部分増築によって東よりの通風採光が若干劣るようになったとはいえ、被控訴人の建物がもともと南向きでかつ北にひらける構造であるうえに、控訴人所有建物と被控訴人所有建物は密着しておらず、その間に人間の往来するに可能なる程度の間隔の通路があることを勘案すれば、通風採光の阻害ありとても極めて軽微であって精神的苦痛を与えるほどのものではなく、殊にこの地域は工業地域であって住居地域同様の環境を求めることは無理であり、この近辺に居住する者が一般的に忍容するを相当とする範囲内のものというべきである。また、被控訴人所有建物は、広く南北に開けた構造を有しているのであるから、右建物二階部分は本来通風採光ともに良好なはずであるにもかかわらず、被控訴人は、中の間の南北の仕切りに殊更に光を遮断する襖を設けているので、中の間は勿論のこと北の間の採光も悪くなるのは当然であり、この襖にかえて、ガラス戸にするとか、西側に窓を設けるなどの構造上の工夫をすれば、この程度の阻害は充分回避できるのである。

更に、後に述べるように、控訴人は、近隣の平屋建居住者が行ない、かつ、被控訴人が控訴人の工事に先立つこと約一年前になしたと同様の方法で、二階部分の増築工事をなし、その着手にあたっても、手段を尽し礼を尽して被控訴人の円満なる了承を得るよう努めた事跡よりみると、控訴人は不当に被控訴人を害する意図ないしは目的をもって本件増築工事をなしたのではなく、その家族構成などのさし迫った必要性に基づいて行なったものであり、前述の如く、控訴人所有建物の二階部分の増築により被控訴人に与えた影響も、この近辺に居住する者が誰しも受忍すべき極めて軽微なものであるので、控訴人の行為は社会観念上妥当と認められる範囲内のものであって違法性はなく、到底、控訴人に不法行為責任を生ぜしめるものではないというべきである。

7  同7記載の主張は争う。

8  控訴人は、昭和二三年頃から、本件二〇番地の土地上に家屋を取得して居住していたが、増築前の控訴人所有建物は玄関二畳、台所三畳、居間六畳、四・五畳よりなり、起居に使用しうるのは僅か後者二室であったが、昭和三六年頃の家族構成は、控訴人とその妻および発育ざかりの二子があり、それだけでも家屋は狭隘で生活に著しく不自由を感じていたが、更に高令の母を引取り扶養する必要に迫られた。そこで、近隣でも通常行われているいわゆる二階をつぎ足すことにより、家屋の有効使用を考えるに至ったが、その頃、被控訴人も、本件二一番地の八の土地上に二階部分をつぎ足す増築工事をする計画を有し、昭和三六年一〇月頃、控訴人に対して、その旨の挨拶があったので、控訴人も、前述の如く被控訴人同様二階部分を増築することを切実に考えていた矢先であったので、そのことを伝えるとともに被控訴人の申入れを快く承諾した。ところが、被控訴人は、自己の二階増築工事が完成するや、突然、前記のとおり、内容証明郵便をもって、控訴人の増築工事を廃止または変更するよう申し入れてきたので、控訴人は、被控訴人の右申し入れに驚きつつも、なるべく穏やかに事を処理したく念願し、人を介して控訴人の増築工事の承諾方を交渉してもらったが、被控訴人より明確な確答がなかったので、やむなく昭和三七年一一月八日頃より増築工事に着手したのである。ところで、控訴人が従前の平家建の建物に継ぎ足して二階建家屋にした増築方法は、旧家屋の支柱の各外側に柱各一本づつを添着して二階部分の支柱となし、それに横材を組入れ階下部分にすっぽり二階部分を継ぎ足すような工法をとり、側壁はモルタル塗りの防火壁としたものであって、被控訴人が控訴人に先立って行なった旧家屋の二階部分増築の工事方法も同様であり、このような二階部分増築工事は、旧大阪市内の平家建家屋に居住する者が、戦後の住宅不足を打開する窮余の方策として比較的広汎に行なわれていて、極めてありふれた通常の増築工事であって、被控訴人に迷惑をかけるが如きものではないのである。このように、被控訴人は、控訴人の増築工事より約一年前に同様の増築工事をなしておきながら、一年後に控訴人が同様の工事に着手完成したことを以て相手にその損害賠償を請求するが如きは、著しく隣人たる信義則に反し、また些細なこと形式的な権利侵害を理由にその権利を主張することは、権利濫用であって許されない。

9  被控訴人は、従来、昭和三八年一月一日より昭和四〇年一二月末日迄の損害賠償金一〇万円を請求していたが、昭和四六年三月一二日付準備書面において右請求を拡大し、昭和三八年一月一日より昭和四五年一二月三一日までの八年間の発生損害金として、金三〇万円を請求するに至った。従って、仮に、控訴人に被控訴人の主張する損害賠償義務があるとしても、昭和四六年三月一二日より三ヵ年を遡るものについては、訴状において主張する金一〇万円を除き、被控訴人が損害を知った時より三年を経過しているので、時効により消滅している。

三  抗弁に対する被控訴人の認否

1  控訴人が二の5において主張するクリーンハンドの原則に著しく反する旨の抗弁は、否認する。本件二一番地の八の土地は、分筆に際し、分筆前の親番地の登記坪数を単に机上計算によって平等に分割し、その割算の結果生じた剰余を長屋六戸の敷地中最も広い右土地に算入したに過ぎない数字であり、実測面積は、登記簿上の評数六八・四二平方メートル以上あり、建ぺい率には違反していない。また、控訴人所有建物の床面積は、増築直後で既に七〇・二一九平方メートルあり、その後更に裏の空地部分に増築を加えたため、床面積は著しく増大しており、その後の建築基準法の改正によっても建ぺい率違反は治癒されていない。なお、被控訴人所有建物が建ぺい率に違反する旨の控訴人の抗弁は、時機に遅れた攻撃防禦方法である。

2  控訴人が二の8で主張する権利濫用の抗弁は、否認する。

3  控訴人が二の9で主張する消滅時効の抗弁は、否認する。損害は間断なく時々刻々と発生しているものであるから、消滅時効の主張は理由がない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  控訴人が、本件二〇番地の土地一一八・八平方メートル(三六坪)を賃借して、右土地上に建物を所有し、被控訴人が右土地の西隣地である本件二一番地の八の土地を所有して、右土地上に建物を所有していること、被控訴人が、昭和三六年一〇月頃、もと平屋建であった自己所有建物を二階建に増築したが、右建物は南北に細長いので、二階増築部分中南面する室は別として他の室にはいずれも東側に窓を作ったこと、被控訴人が、控訴人に対して、昭和三六年一二月一八日付内容証明郵便をもって、控訴人所有建物の増築計画の廃止または変更を申し入れたにもかかわらず、控訴人が、昭和三七年一一月初旬頃、その所有する旧建物の外側に基礎を作り、これに四寸角の通し柱を建てて建物の増築工事に着手し、右工事を完成させたこと、控訴人所有建物が、増築工事がなされた昭和三七年当時、都市計画法上の工業地域内にあって、敷地面積が一一八・八平方メートル(三六坪)に過ぎず、旧建築基準法第五五条が規定する建ぺい率を超過していたので、控訴人が、昭和三八年五月一四日、大阪市建築局建築課長より、控訴人所有建物は旧建築基準法第六条・第五五条の規定に適合しないとの理由で、違反建築物措置勧告書の送達を受けたが、現在に至るまで是正措置をとっていないこと、以上の事実は当事者間で争いがない。

二  ところで、被控訴人は、控訴人所有建物の増築工事は、民法第二三四条の境界線からの建築の距離(五〇センチメートル)保持規定に違反し、その結果、被控訴人所有建物の日照および採光・通風および眺望・通行を妨害されて損害を蒙ったと主張し、民法第二三四条に基づき金三〇万円の損害賠償を請求するとともに、控訴人所有建物の増築工事は、民法第二三四条、旧建築基準法第六条・第五五条に違反し、また被控訴人が従前より享受していた日照および採光権・通風および眺望権・通行権を著しく侵害する違法な工事であると主張して、民法第七〇九条に基づき金三〇万円の損害賠償を請求する。

三  そこで、まず、民法第二三四条に基づく損害賠償請求について、判断する。

1  被控訴人は、第一次的に、本件二〇番地の土地と本件二一番地の八の土地との境界線は、別紙図面(一)記載のAB線であると主張する。けれども、≪証拠省略≫によれば、右両土地間の境界線が別紙図面(一)記載のAB線であるという被控訴人の主張は、控訴人・被控訴人間の別訴建物収去土地明渡請求事件(第一審大阪簡裁昭和三七年(ハ)第一二七三号、控訴審大阪地裁昭和四〇年(レ)第一〇〇号、上告審大阪高裁昭和四一年(ツ)第七二号)において排斥されたことが認められるうえ、被控訴人の右主張に沿った≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫に照らして、容易に措信しがたく、他に別紙図面(一)記載のAB線が境界線であることを認めるに足りる証拠はない。してみれば、境界線が別紙図面(一)記載のAB線であることを前提としてなす、民法第二三四条に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものといわなければならない。

2  更に、被控訴人は、第二次的に、本件二〇番地の土地と本件二一番地の八の土地との境界線を、控訴人所有建物と被控訴人所有建物の間の通路(巾員約六〇センチメートル)の中央と仮定しても、控訴人所有建物は境界線から五〇センチメートルの距離をおかずに建築されたものであり、いずれにしても民法第二三四条に違反すると主張する。そして、≪証拠省略≫を総合すれば、大阪簡裁昭和三七年(ハ)第一二七三号建物収去土地明渡請求事件において、訴外奥村かねが控訴人側証人として出廷し、奥村かねの夫が、本件二〇番地の土地と本件二一番地の八の土地との境界線より東へ一尺五寸(五〇センチメートル)程度控えて、本件二〇番地の土地上に控訴人所有の旧建物を建てた旨証言していること、控訴人所有建物の増築は、前記一のように、旧建物の外側に通し柱を添着して二階部分の支柱となし、それに横材を組入れて階下部分につなぎ足した上、側壁をモルタル塗りの防火壁とし、西側外壁は旧外壁よりも約二〇センチメートル位い西側へ拡げられたこと、現に、控訴人・被控訴人各所有家屋の間隔は五八センチメートルないし六一・五センチメートルであること、控訴人自身が、前記訴訟事件において、本件二〇番地の土地と本件二一番地の八の土地との境界は、控訴人所有建物と被控訴人所有建物の間の通路(巾員約六〇センチメートル)の中央であると思う旨供述していることが認められるので、あるいは、本件二〇番地の土地と本件二一番地の八の土地との境界線は、控訴人所有建物と被控訴人所有建物の間の通路の中央であることも考えられないではない。そして、もしそうだとすれば、控訴人所有建物は、西側の境界線より約三〇センチメートルしか控えていないことになるので、民法第二三四条の境界線からの建築の距離(五〇センチメートル)保持規定違反による損害賠償義務が、問題となるものといわなければならない。けれども、たとえ境界線が控訴人所有建物と被控訴人所有建物の間の通路の中央であるとし、前記のとおり、控訴人が、昭和三七年一一月頃、従前の旧平屋建建物に二階増築工事を行ない、その結果、控訴人所有建物の西側外壁が、控訴人と被控訴人の各所有建物の間の通路の中央線まで約三〇センチメートルにまで迫ったとしても、≪証拠省略≫を総合すれば、被控訴人自身、控訴人のした前記増築工事の約一年前の昭和三六年九月頃、控訴人がなした前記の工事方法とほぼ同じ内容を有する二階増築工事を行なったことが認められるので、被控訴人所有建物の東側外壁も、旧外壁より約二〇センチメートル位い東側へ拡げられて、境界線まで約三〇センチメートルにまで迫ったものと推定することができる。従って、右事実によれば、被控訴人は、控訴人より約一年程先立って、控訴人と同様の増築工事をなして、同じように民法第二三四条の、境界線付近での建築の距離保持規定に違反しておきながら、その後に控訴人が行った同様の工事を民法第二三四条の規定に違反すると非難するものであって、後記認定の日照等の阻害の程度、控訴人が増築工事をなすに至った必要性、場所的性格、その他諸般の事情に照らせば、被控訴人が、控訴人の右増築工事が民法第二三四条の規定に違反するとの理由で、控訴人に対してその損害賠償を請求することは、著しく隣人たる信義則に反し、権利の濫用であって許されないものというべきである。よって、境界線が控訴人所有建物と被控訴人所有建物の間の通路の中央であるとしても、被控訴人の民法第二三四条に基づく損害賠償請求は理由がない。

四  そこで、次に、民法第七〇九条に基づく損害賠償請求について、判断する。

1  被控訴人は、控訴人の増築工事は、旧建築基準法第五五条、民法第二三四条に違反するのみならず、被控訴人が従来二階東側の窓から享受していた日照および採光・通風および眺望を妨げ、更に家の表と裏との通路の通行を著しく妨害した違法なものであると主張する。思うに、建築基準法は、建物自体の安全とか衛生状態を確保し、一般的に国民全体の生命・健康および財産の保護を図ることを目的としているもので、直接、個々の建物所有者相互間の相隣関係における利害の調整を図ったり、権利・義務の発生を認めたものではないけれども、その反面で、少くとも、建物が同法の規則・基準内である限りにおいて、かつ、建築主事の確認手続を経ることにより、その隣人は、通常一定範囲の日照・通風等を期待することができ、その範囲の日照・通風等は同人に保障される結果となるので、同法が日照・通風等に間接的にかかわりをもっているということができ、同法違反の内容・程度は違法性判断の重要な要素となることを否定できない。また、民法第二三四条は、直接建物所有者と隣地所有者相互間の相隣関係の調整を図り、権利義務の発生を認める規定であるから、同条項が隣人の日照・通風等に直接的なかかわりをもっていることは明らかであり、同法違反の程度は違法性判断の重要な要素となることはいうまでもない。しかし、控訴人のなす増築工事が建築基準法や民法第二三四条に違反するにせよしないにせよ、右増築工事による被控訴人所有建物の日照・採光・通風等の阻害の程度が、社会通念上一般に受忍すべき程度を越えないと認められる限りは、控訴人の右増築行為は違法性を有せず、控訴人に右増築行為による不法行為責任を生ぜしめるものではないが、右受認すべき限度内にあるかどうかを判断するについては、日照等の阻害の程度およびこれによって発生した損害の程度、控訴人が増築工事をなすに至った意図および動機、増築工事の必要性、増築工事の時期および手続ならびに態様、増築工事に対する社会的評価、当該地域の場所的性格および地域のこの種増築工事の実態、控訴人所有建物および被控訴人所有建物の法規(建築基準法・民法の相隣関係等の規定)違反の内容と程度、控訴人および被控訴人において損害の発生を防止または軽減すべき処置をとりうる可能性等、諸般の事情を検討し、総合して判断しなければならない。

2  そこで、右のような観点から、右受認すべき限度内にあるかどうかについて判断するに、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は、もと本件二一番地の八の土地上に平屋建建物を所有してここに居住していたが、右建物敷地は、東西間口四メートル強・南北奥行一六・七メートル余りで南北に細長く、被控訴人の右建物は、東西に通ずる巾員約一一メートルの市道に面して南向に建てられ、市道と建物との間には約三メートル巾の前庭があって、右前庭に続いて玄関と炊事場があり、それから北へ三畳・六畳・廊下と続いて北側は空地となっていて、いずれも、東側と西側には窓がなく、南端の玄関入口と炊事場の窓および北端廊下からの採光と通風が得られるだけであり被控訴人の夫訴外右本益一(本件被控訴人訴訟代理人)が健康にすぐれないため、右建物に二階を増築して東側からの採光と通風を得ようとなし、右増築工事に先立ち、昭和三六年九月頃、被控訴人の家族から控訴人方へその旨申入れた。ところで、控訴人も、従前より本件二〇番地の土地上の平家建建物に居住し、右建物は、玄関二畳、台所三畳、居間六畳、四・五畳、および四・五畳弱の物置より成っていたが、昭和三六年頃の家族構成は、控訴人とその妻および発育ざかりの二子があり、それだけでも家屋は狭隘で生活に著しく不自由を感じていたが更に高令の母を引取り扶養する必要に迫られたので、被控訴人と同じように、二階増築計画を有していた。右のような事情もあって、控訴人側は、被控訴人側からの前記申入れを快く承諾した。

(二)  このようにして、被控訴人は、昭和三六年一二月頃、自己の建物の二階増築工事をしたが、右二階増築部分の間取り構造は、別紙図面(二)記載のとおりである。ところが、被控訴人は、右工事が完成するや、直ちに、いまだ控訴人が二階の増築工事に着手していないにもかかわらず、控訴人に対して、控訴人の増築工事の違法性(敷地との関係で法律上問題があること)、およびこれにより被控訴人の蒙る損害(二階増築部分の東側の窓が役にたたなくなること)を説明して警告し、前述のように、更に、昭和三六年一二月一八日付内容証明郵便をもって、控訴人の増築計画を廃止または変更するように申し入れた。

(三)  そこで、控訴人としても、なるべく穏やかに事を処理したく念願し、控訴人訴訟代理人弁護士や、被控訴人の夫と同業の同期弁護士を通じて、控訴人の増築工事の承諾方を交渉してもらったが、被控訴人より明確な確答がなかったので、やむなく昭和三七年一一月八日頃より増築工事に着手し、前記一、三の2のような方法で、従前の平屋建の建物に継ぎ足して二階建家屋を増築したが、右方法は、被控訴人が控訴人に先立って行なった旧家屋の二階部分増築の工事方法と同様であり、このような二階増築工事は、旧大阪市内の平屋建家屋に居住する者が、戦後の住宅不足を打開する窮余の方策として比較的広汎に行なわれている極めてありふれた通常の増築工事であって、現に、本件二〇番地や二一番地の八の土地の周辺でも随所にみられる増築方法である。そうして、控訴人所有建物の構造上、二階部分を右以上に東側に増築することは困難であった。

(四)  昭和四五年一二月八日午後三時(原審において実施された検証)において、被控訴人所有建物の二階北の間は、中の間との境の襖を締めても東側の窓際で読書可能であり、中央部で窓に向ければ細字の判読は可能で、水平状態では判読不可能、出入口部で水平状態にして判読不可能であり、更に、中の間と南の間との境の襖を開けた場合、北側の雨戸を閉めても南からの光が入って明るく、次に、中の間についても、南の間との境の襖を開けた場合、たとえ北の間との境の襖を閉めても南側から光が入って明るく、更に、南の間については、南側のガラス窓から充分な光が入り明るかった。また、昭和四九年二月二七日午後二時三〇分(当審において実施された検証)曇り空で陽光は全くない状態で、北の間は、畳面で一八〇ルクス、畳上五〇センチメートルの高さで三二〇ルクス、南の間は、畳面で二六〇ルクス、中の間については、北側と南側の襖を閉めれば畳面で照度計針の動きを肉眼で判別できないほど暗く、北側の襖のみを開ければ二〇ルクス(畳面で、以下同じ)、南側の襖のみを開ければ、四〇ルクス、両側の襖を開けて六〇ルクスであった。これに対し、一階の六畳の部屋が七〇ルクスで、三畳で一〇ルクス、炊事場の北側で五ルクスであった。

(五)  被控訴人および控訴人所有建物所在地付近一帯は、昭和三七年当時、名目上は都市計画法上の工業地域となっていたが、実際は住宅街であり、その後、実情に合わせるため、準工業地域と改められ、更に住居地域に改められて現在に至っている。

以上の事実が認められ、右事実に反する証拠はない。

3  以上認定事実によれば、控訴人のなした増築工事によって、控訴人所有建物の西側外壁は、旧外壁よりも約二〇センチメートル西側へ拡げられ、その限度で控訴人所有建物と被控訴人所有建物の間の通路が狭められ、約六〇センチメートルの間隔しか存しなくなったため、被控訴人所有建物の二階増築部分中、北の間と中の間の東側に設けられたガラス窓の効用が半減され、右増築前に比し、日照および採光・通風および眺望を妨げられるに至ったことは否定できない。しかしながら、元々、被控訴人所有建物敷地は、南北に細長くその南側に東西に通ずる市道に接しているところから、その地上建物は右地形の影響を受け、東と西隣接地に同じ程度の高さが建築された場合、東と西側における日照・通風等は制約を受けることは避け難く、南と北からの日照・通風等に頼る外のない状態であり、被控訴人が増築する前の平家建の建物は、東と西側からの日照・通風等を全く期待しないものであったとみることができる。従って、たとえ、被控訴人がその所有建物に二階の増築工事をなしたとしても、右制約はなお免れないところである。そうして、被控訴人の建物の二階のうち南側・北側の部屋における日照・通風については、控訴人の増築工事によって蒙る影響が重大なものというに当らない。二階のうち中の間については、南・北の襖を閉じれば日照・通風を極度に制限された結果になることは否定できないが、さきに述べたとおり、被控訴人の建物がその敷地の地形上南北に細長く、東西側からの日照・通風等に制約を受ける可能性が多いものであるからやむを得ないところであり、採光については、南北の襖を開放するか襖をガラス戸に切替える等して、その被害の程度を多少なりとも軽減する余地のあるところである。

4  ところで、控訴人所有建物の増築工事がなされた昭和三七年当時、都市計画法上の工業地域内にあって、敷地面積が一一八・八平方メートル(三六坪)に過ぎず、旧建築基準法第五五条が規定する建ぺい率を超過していたので、控訴人は、昭和三八年五月一四日、大阪市建築局建築課長より、控訴人所有建物は旧建築基準法第六条・第五五条の規定に適合しないとの理由で、違反建築物措置勧告書の送達を受け、現在に至るまで是正措置をとっていないことは、前記のとおりである。しかし、≪証拠省略≫によれば、大阪市当局は、右勧告後、控訴人に対して何ら措置を指示することなく経過したことが認められる。そうして、前記三でも述べたように、本件二〇番地の土地と二一番地の八の土地との境界線がどこにあるかは、結局のところ不明であるので、右各土地についての正確な実測面積は不明であり、また、控訴人および被控訴人所有建物の正確な床面積がいくらであるかも不明なので、控訴人および被控訴人所有建物が、旧建築基準法第五五条(建ぺい率)および民法第二三四条(境界線付近での建築の距離保持規定)に違反しているとしても、どの程度違反しているかは、正確なところ不明だといわざるをえない。ただ、控訴人は、自己所有建物の増築後の床面積は六二・二八平方メートルであると主張するが、前記敷地面積一一八・八平方メートル(三六坪)を基準にすれば、旧建築基準法第五五条の建ぺい率の制限範囲は五三・二八平方メートル〔(一一八・八-三〇)×〇・六〕となることが明らかであって、控訴人主張の右増築後の床面積は、これをわずかに超過することが明らかである(他方、被控訴人所有建物については、たとえ、本件二〇番地の土地と二一番地の八の土地との境界線が、控訴人所有建物と被控訴人所有建物との間の通路の中央だとしても、≪証拠省略≫によれば、本件二一番地の八の土地の実測面積は約七四平方メートル〔(四・〇七七六+〇・三三一五)×一六・七八二〕と算定し得ること、被控訴人の二階増築前の旧建物の床面積は四一・八平方メートル(一二・九五坪)であることが認められるが、そうだとすれば、右の場合の制限範囲は二六・四平方メートル〔(七四-三〇)×〇・六〕となることが明らかであって、二階増築の時において、既に床面積が制限範囲を超えているものといわなければならない)。(なお、控訴人は、既に、原審における昭和四五年五月一〇日付準備書面においても、被控訴人所有建物も建築基準法に違反することを触れており、控訴人の右主張が訴訟の完結を遅延せしめるものと認められないので、時機に遅れた攻撃防禦方法ではないと解する)。そこで、控訴人の二階増築工事において右の程度の建ぺい率の違反があるとしても、本件では、前記四の2の認定事実に照らして、控訴人所有建物の建ぺい率違反と、被控訴人所有建物の二階増築部分の日照および採光、通風、眺望および表と裏の通路の通行の妨害との間に、いかなる因果関係があるか明らかでなく、その違反の程度に徴し右妨害に著しい影響を与えたものとは考えられない。また、民法第二三四条の境界線付近での建築の距離(五〇センチメートル)保持規定の違反については、前記三の2で認定したように、たとえ、本件二〇番地の土地と本件二一番地の八の土地との境界が、控訴人所有建物と被控訴人所有建物との間の通路の中央であるとしても、控訴人と被控訴人各所有建物が、いずれも、右規定に二〇センチメートル程違反しているものということになり、控訴人側の右違反の程度に徴し、被控訴人所有建物の二階増築部分の日照および採光、通風、眺望、および表との通路の通行の妨害に著しい影響を与えたものとは考えられない。

5  そうして、建築基準法・民法第二三四条違反を別として、控訴人の二階増築工事自体について考えてみるに、控訴人は、その家族構成などのさし迫った必要性に基づき、近隣の平屋建居住者が行ない、かつ、被控訴人が控訴人の工事に先立つこと約一年前になしたのと同様の方法で、二階増築工事を行なったのであり、その着手に際しても、被控訴人の承諾を得られるようそれなりの努力を尽した形跡がみられること、控訴人の二階増築工事としては他の方法が困難であったこと、右増築工事によって被控訴人が日照等の阻害を蒙ったとしても、被控訴人所有建物の構造・敷地の地形上、もともと日照等につき制約を免れなかったもので、たまたま、被控訴人が、先に二階の増築工事をしたとしても、その時点の日照・通風を全部保障されるものではなかったものと考えられること、以上の事実を総合すれば、控訴人の増築行為によって被控訴人が受けた日照・採光・通風等の阻害の程度は、この近辺に居住する者が誰しも受忍すべき程度を超えないものと認められ、控訴人の二階増築行為には違法性がないものというべきである。

五  よって、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものというべきであるから、右請求を認容した原判決は不当であり、民事訴訟法第三八六条によって原判決を取消し、被控訴人の控訴人に対する本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条・第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村捷三 裁判官 紙浦健二 裁判官古川正孝は転補のため署名捺印できない。 裁判長裁判官 中村捷三)

〈以下省略〉

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